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あにめマブタ

@yokolineのアニメ記事がアップロードされます

読者の心を殴る強さを最大化する技術 ~『惑星のさみだれ』の凄み~

漫画 水上悟志 惑星のさみだれ 感想 考察

今日、『惑星のさみだれ』を読もう

 みんなが「これはすげぇぞ、読め」と、格闘家みたいなことしか言わないことで有名な漫画『惑星のさみだれ』(水上悟志少年画報社)が、5月一杯(明日の夜中)まで無料配信されている。
 この記事では、本作が「すげぇ」と呼ばれる理由を1つだけ挙げることで、読者をひとりでも増やそうというものだ。
 みんな、これは全10巻の漫画なのだ。今日だ、今から前半(6巻くらいまで)を読もう。そして明日、後半を読むのだ。www.cmoa.jp

壁を殴って後ろに抜ける

 先取りして言ってしまえば、本作の凄さとは「ベクトルが揃っている」ことに尽きる。本作を構成する大きな要素は、読者に衝撃を与えて漫画に没入されるためだけに、細心に調整されている。この調整は作り手の中で、半ば無意識に行われたものなのかもしれないが、ともかく本作は読者に対して、バケモノのような攻撃力を叩き出してくる。
 漫画にも色々なタイプがある。端正に盛り付けられた料理のような作品もあれば、公園に据え付けられた鉄の塊みたいな作品もある。もし本作をたとえるなら、コンクリート壁の同じところを、手を変え品を変え、殴り続けて破って抜けるような作品なのだ。

3つの要素が全て、本作のテーマへ向かって真っ直ぐ伸びる

 漫画をつくる大きな要素の中には、「設定」、「ストーリー」、「漫画そのもの」があると思う。

 ひとつめは、キャラクターや世界観(舞台はキャラクターの一部と考えたほうがいいと思う)といった設定全般。
 ふたつめは、ひとつめに挙げたいくつもの設定が関係し合って生み出される行動や変化の総体である、ストーリー。
 みっつめは、漫画というメディアそのものが蓄積している技術や、マンガ本という形態そのものが生み出す力だ。

 『惑星のさみだれ』では、これら3つの要素が、作中で何度も繰り返される一連のパターン、つまり「テーマ」に向かって真っ直ぐ伸びていく。これにより、本作は漫画としての面白さを最大化させているのである。
 ※ここらへんから、ストーリー前半の要素については、部分的にやんわりとネタバレしていく。とはいえ、面白さのスポイルは最低限にしたつもりだ。

ストーリー:12体 VS 12人

 挙げた順番とは違うが、ストーリーについて話そう。
 本作では、地球を破壊せんとする、魔法使いと呼ばれるラスボスが送り込む12体のバケモノと、そしてそれを倒すための12人の異能保有者「獣の騎士団」との、生存を賭けた戦いが描かれる。

 騎士団はもともと普通の人間である。彼らは契約によって願いを叶えてもらうことと引き換えに、一撃もらえば死を呼ぶ戦いに身を投じていく。彼らは小学生から老人まで、素性も育ちもバラバラな人々である。しかし共通の目的を持って集まることで、彼らの中には仲間意識が芽生えてくる。本作は、そういう彼らの群像劇でもあるのだ。

ストーリー:獣の騎士団に属する、大人たちと子供たち

 もし彼らを大人と子供に分けるとしたら、それら2グループには共通点がある。
 つまり、大人たちは「オトナ」になりそこねた人間であり、そして子供たちは「オトナ」になりたくない人間なのだ。

 まず、僕らが暮らしている一般の社会は、僕らが子供のころに考えていた大人たちの総体ではない。この社会は、正義をなすために心を砕き、それを子供たちに示し、伝えていくような大人たちの総体ではない。
 自分が間違っていることを知りながら、日々の苦しさにそれを見ないフリして他人を害し、他の苦しんでいる人々の上を通り過ごしていくような、そういう弱い人間たちによってかたちづくられた社会である。

 獣の騎士団の子供たちは、そういう、オトナたちによって作られた社会を、守るべき価値があるものだとは、積極的には思っていない。その歪みは、主人公2人に端的に表出する。彼ら2人は、地球を守ったあと、その足で地球と心中するつもりだからだ。
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 一方、子供のころに夢見た大人の姿であろうとする獣の騎士団の大人たちは、いずれも、オトナたちの社会から少しだけ外れている。しかし、彼らの強さは、あの頃夢見た大人であろうとしたが、そうあり続けることに挫折した、その弱さと表裏一体である。その弱さは、彼らを疎外したオトナたちの弱さと、何ら変わりがない。(物語は、獣の騎士団の大人たちと、そしてオトナたちとの境界線を、意識的にぼやかしていく。)
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 彼らは、獣の騎士団の子供たちに対して、大人になることは、そう悪いことだけではないことを、その姿をもって示そうとする。子供たちは、自分が強い不信感を抱いている世界・地球・社会が、守るべき価値があるものなのか、そしてこの世界は自分が大人になる足る世界であるのかを、戦いのなかで見極めていくことになるだろう。

ストーリー:テーマについて

 つまり本作は、いくつものエピソードの集積で出来上がっているが、その全てが、表現のされ方は違うにせよ、「この社会は、子供が大人になる価値のある社会なのか?」という一点に集約される。
 これは本作の「テーマ(主題)」と呼んでいい。主題とは、音楽でいえば、何度も変奏して繰り返される、短いフレーズのことだ。物語においても、各キャラクターと各エピソードが、似た構造を繰り返し演じることで、テーマに色々な面から光を当て、その強度を向上させる。
 多くの長期連載漫画は、ひとつの物語のなかで、いくつかのテーマを含んでいるかもしれない。しかし『惑星のさみだれ』は、ひとつの物語のなかに、ひとつのテーマしか持っていない。あらゆるエピソードが、ひとつのテーマに集約される。それを貫徹する非凡さ、強さが、本作の訴求力を最大化させているのだ。

設定:進もうとする意志と、それを阻もうとする意志の戦い

 彼らの敵、魔法使いとは何者か。彼は創造神と対になる、破壊神であることが4巻中盤で明かされる。彼は未来で生まれ、過去へと遡りながら、過去の地球を破壊し、そして更に過去の地球を破壊し、原初へと至る、破壊の意志そのものである。
 彼は、地球を破壊すると同時に、未来を破壊する。それは、先に挙げたテーマと不可分の設定だ。彼は「獣の騎士団の子供たちが大人になるための未来」を破壊することで、大人になることを許さない。もし、今戦って大人になろうとしないなら、彼らはそのまま死ぬしかない。

 つまり、魔法使いは、獣の騎士団たちに対して、自分の意志でもって大人になることを、強制的に迫る存在である。獣の騎士団たちの中には、どうしても魔法使いと戦わねばならないという、意志が弱いものが多い。それは、前のセクションで話したような、自分の弱さを直視できずに時間切れとなって、自動的に大人になっていくことへの嫌悪感や、社会の構成員である大人たちへの懐疑心によるものだ。
 あるSF作家は「少年時代が死ぬと、その死体を大人と呼ぶ。死んだ彼らは社会と呼ばれる地獄に入っていく」と表現した。子供たちは、今戦わなければ肉体的にも地球と一緒に死ぬが、魔法使いがやって来なかったとしても、恐らく精神的に死ぬことでしか、大人になることはできないと気付いてしまっている。魔法使いとは、彼らの「精神的に死ぬことでしか未来に行けない」という、社会と未来と大人に対する失望の権化なのだ。
 獣の騎士団たちは、それをくつがえすことができるのだろうか。

漫画というメディア:ページをめくること

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 漫画には進行方向がある。読者はページをめくることで、物語を前に進め、結末まで進んでいく。それは、映像とは違う。漫画は、読者がページをめくることでしか、ストーリーは進まないのである。
 本作は、未来を破壊して進んできた魔法使いと、未来を守るための今を戦う、獣の騎士団との戦いである。だから、敵はページの左側から現れ、右側へ向かって攻撃を向ける。
 そして、獣の騎士団の子供たちは、過去に囚われることで、左側へ進むことへの意志を削がれている。

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 つまり読者は、ページをめくることで、気付かぬうちに、彼らの戦いに参加しているともいえるのだ。これが、本作のプリミティブな没入感を高めている。そういう意味では、本作はメタ漫画なのだが、それがメタであるだけでなく、作品のテーマに対して強力に利しているという部分が、本作の非凡さなのである。

まとめ:過去を振りほどき、未来と戦う物語

 本作は「この世界は、子供が大人になるに足る世界か?」というテーマに対して、3つの要素が不可分に接合し、同じ方向に向かって強力に推進していく。

 ひとつは、大人になりそこねた大人たちと、大人になることを忌避する子供たちのエピソードが。
 ふたつは、未来が過去を食い潰していくという設定が。
 みっつは、過去から逃れ、未来へ進む動きと、ページをめくる動きが同期するという仕組みが。

 この3つの要素を同時に味方につける漫画は、そう多くはないだろう。
 本作は、形容しがたい凄みを持った作品であることは、疑いようがない。しかし、その背後には、作品の強度を上げるための技術があり、それを実現させるための鉄の意志が感じられる。

 そして、それらが非常に高いレベルで融合することで、誰かの心を殴り抜けるための非常な強さを、本作はまとっているのである。
 これはすげぇ漫画である。ぜひ読んでほしい。www.cmoa.jp

最後に:絵の魅力

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 本作には、絵の魅力も沢山詰まっている。たとえば
キャラクターアクションで手足が、スッと歪みなく伸びるのだけど、やはりそこがすげぇ良いのである。
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 バトルアクション漫画としての素晴らしさについても、ぜひ味わってほしい。

追伸:
 なお、実は本作は意外にもアニメ化されていないのだが、ぜひ製作会社・制作スタジオ・版元の皆さんは、企画を立ち上げてほしい。(実は一度企画があったのだと、作者の水上さんは先日明かしてくれたのだが…。) 
 個人的な欲望としては、松本理恵監督が、WIT STUDIOで制作して欲しいなぁ…。川村元気プロデューサー、どうか、よろしくお願いします。

本日は以上です。