あにめマブタ

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あなたは死体を埋めたあとの人間の肉声を出せるか(声優さんの芝居の上手さについて)

声優さんの芝居について語るのは難しい

今日は、アニメの声優さんの芝居について話したい。

こんにち、たくさんの声優さんがたくさんのキャラクターを演じてくれているんだけども、
実のところ、「お芝居の上手さ」を文章で説明するのはすごく難しい。
ただ、「この芝居がすごく良かった」ということを、
どうにかして文字にして残すことはできないだろうか。

「リアル」な芝居=「っぽさ」の救い上げ

「芝居のうまさ」とは「リアル=現実に即している」だと考えたとき、
宇宙人や殺人犯の芝居ができる人間を探すのは、かなり難しい。
そもそも、見ている僕らが、それがリアルなのかどうかが判断できなくなってしまう。

おそらく、僕らが考えて「それっぽい」と感じる部分が多く含まれていれば、
僕らはそれをリアルだと感じてしまうのだ。*1

では、アニメの芝居について、そのリアルさは、
具体的にはどのようなかたちで僕らのもとに届くのだろう。

声優、黒沢ともよ

『響け! ユーフォニアム』シリーズの黄前久美子役でブレイクし、
今期の『宝石の国』でフォスフォフィライト役を演じている
黒沢ともよさんの芝居には、ちょっとゾッとするほどの説得力がある。

今回紹介したいのは、高校吹奏楽部を舞台にしたアニメ『響け! ユーフォニアム』より、
2期11話「はつこいトランペット」のワンシーンでの黒沢ともよさんの芝居だ。

少し、このシーンの背景を説明しよう。
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黒髪ロングの子、麗奈というのだが、この子は吹奏楽部の男性顧問にガチ恋している。
そして、麗奈と中学からの妙な因縁で結ばれているのが、髪の毛カールの久美子だ。
この二人の奇妙な関係性が、本作の大きな焦点になっている。
※この久美子を演じているのが、黒沢ともよさんだ。

さて、1期1話から露骨にほのめかされている情報ではあるのだが、
申し訳ない、少しストーリーのネタバレをする。

麗奈が恋している男性顧問、実は、最愛の奥さんを亡くしている。
久美子はひょんなことからそれを知ってしまうのだが、麗奈に悪いので黙っていた。

このシーンでは、やはり偶然からこのことを知ってしまった麗奈が、
久美子を夜の山中に呼び出し、山の頂上でモヤモヤをぶつけてくる。

自分が声優なら、どう演技するか?

このあと、実際の映像を観ていただくのだが、その前に考えていただきたい。
自分が声優なら、セリフをどのように言うのか、だ。

麗奈は事実に動揺しているが、全国大会を前に、吹奏楽はおろそかにできない。
このダブルバインドに、麗奈は自分の心の置き所を迷っている。
麗奈は怒っているように見えるが、苦しんでいるのである。

久美子は麗奈にかける言葉に迷う。
しかし、最終的には「麗奈のこと、応援しているよ」と伝えることになる。

では、この「応援しているよ」を、あなたなら、どのように芝居するだろうか。

  1. つとめて明るく、気をそらすように「大丈夫、応援してるよッ!」
  2. 優しく、さとすように「ね、応援してるよ」
  3. 立場上、苦しそうに「でもね、応援してるよ……?」

さぁ、どれだろう。

「応援してるよ」

では、黒沢ともよさんの実際の芝居を観ていただく。

観ていただけただろうか。
おわかりのとおり、この芝居は、事前に挙げた3つのいずれでもない。

久美子はまず奥さんは亡くなっていることを告げ、
おどろおどろしく不気味な「応援してるよ…」で言葉を結ぶ。

このシーンについて、順を追って考えていこう。

久美子は「こんなこと言うと、また性格悪いって言われるかもだけど」と口火を切り、
落ち着いて聞いて、と言うかのように麗奈の手に、自分の手を重ねる。
そして「もう、奥さん、いないんだよ」と、熱さも冷たさもない調子で告げる。

久美子の「いないんだよ」の口調から、
離婚でも別居でもなく、死別であることが麗奈にも伝わる。

ここでは、次の瞬間の麗奈に注目することで、
なぜあんな沈鬱な「応援してるよ」になるのかわかるだろう。

麗奈の心情に寄り添った久美子の芝居

麗奈の絵と声は、次のように推移している。

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1.言われたことが一瞬理解できない

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2.理解し、表情が驚きのかたちになり始める

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3.一瞬、「だったら、まだチャンスあるんじゃないの?」という表情が顔を上半分に見える
  ※この嬉しそうにも見える表情は、たった一瞬だ

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4.ギュッと眉根を寄せて、悔しそうに泣き出す

考えれば、麗奈の心情は複雑である。
恋敵はすでに亡くなっているのだ。
まだ自分の入り込むチャンスはあるのかも、と希望が持てる。

しかし、すぐにそんな自分の浅ましさに、自己嫌悪に襲われる。
何より、自分の好きな相手の不幸を喜んでしまったことに、
後悔と、情けなさで、涙がこぼれるのである。

寂しく泣き出した麗奈の手に、自分の指を深く絡め、
ほの暗い声色で、久美子は言う。
「わたし、応援してるよ……」

久美子と麗奈は、山中に死体を埋めた共犯者である

久美子は麗奈の心情を先回りした言動をしている。
奥さんのことを告げたあと、麗奈の性格なら、さらに自責の念に駆られるだろうと。

だから、この「応援してるよ……」は、
「私も、麗奈の、その浅ましい感情の、共犯者になってあげる」の言い換えなのである。

さて、これを念頭に置いて、もう一度映像を観ていただきたい。
※後半部分だけ切り出し直してあります。

いや、更に言ってしまえば、
久美子と麗奈は、夜の山中に、綺麗な夜景を見下ろしながら、
いわば仮想的に「奥さんを殺して埋めた」のだ。

だから、久美子の口調はあんなに昏(くら)くて、優しくて、
そして、魔女のような滑らかさを帯びているのである。

上手い芝居はヤバい

いや、この芝居を聴いたとき、僕は「ウワッ、かなわない」と感じた覚えがある。
これだけ濃密なやり取りを、ハナから字面のセリフで伝えようとしていないからだ。

絵の調子や、画面の温度や、そしてキャラクターの口調や含んでいるものを使って、
どうか視聴者の内側で汲み取ってください、という制作者の前のめりの姿勢。すさまじい。

書いてきたとおり、このシーンは制作に関わっている人全員がベストワークを出しており、
それを一人の功績に帰することは本意ではない。

ただ、このシーンの久美子を、黒沢ともよさんが演じていなかったら、
全く違う調子のシーンになっていたのではないか、という感じは、間違いなくあると思う。

さて、この記事では、声優さんが見せる個々のシーンの芝居のうまさを、
どうにか抽出して伝えられないかと試みてきた。

キャラクターの人生は、視聴者の人生とは明らかに違うものだ。
しかし、そこを通じ合うことができる、細い「橋」があると考えられないだろうか。

声優さんは、そういう橋を慎重に渡って、
キャラクターが独自の人生を、独自の価値観で確かに生きている、生きていくことを、
まざまざと伝えてくれることがあると思う。

この記事では、その感動を、どうにか伝えたかったのです。

本日は以上です。

*1:リアリティについて、一番好きなエピソードを紹介したい。 映画『冷たい熱帯魚』に、連続殺人犯が死体の骨を処分するときに 醤油をジャバジャバ掛けてからドラム缶で焼くシーンがある。 もちろん、近所から匂いで怪しまれないためだ。 「現場」のリアリティに満ち満ちた描写だが、これは制作者が独自に考えたフィクションらしい。

真夜中と日差しの夢 ~『アイカツ!』神崎美月の5年3ヵ月~

目次

  • 真夜中の時代
  • 美月の性急な夢
  • 美月の発言のねじれ
  • 同じだけど、確実に違う空
  • 美月といちごの違えた道
  • 78話の衝撃
  • みくるが見出した美月
  • 101話を終えて美月に残った夢
  • 「あなたに奪われたいの」
  • 1人分の人生は1人分の人生では足りない
  • アイドルの輝く空
  • 最後に
  • 宣伝

真夜中の時代

 神崎美月というアイドルが活躍したのは、マスカレードの時代が遠く過ぎ、いちご・あかりの時代にはまだ少しだけ早い「真夜中の時代」ともいえる時期だ。
 きっと人々は、いちご・あかりの時代を「最も幸せな時代」として振り返るだろうし、そして神崎美月についても「もしも、生まれるのが2年遅かったら」とも言うかもしれない。しかし本当に美月が2年遅く生まれていたら、いちごも、そしてあかりも、スターライトには入学していない。
 この文章は『アイカツ』本編を、神崎美月の「夢」を軸に整理していくものだ。

美月の性急な夢

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 星宮いちごが登場した1話時点で、美月は既にスターライトクイーンを2連覇した、トップアイドル中の(略)トップアイドルである。しかし、その口から真っ先に出てくるのは「早く私の所まで のぼってきて」という懇願の言葉なのである。劇場版でいちごがあかりにかけた言葉は「時間かかってもいい よじのぼっておいて」であったことと比べると、美月の切迫感というか、一種の性急さは際立っている。
 ここから始まる美月の「性急さ」は、本作を貫く軸になる。美月は登場当初から、何かを性急に追い求めているように見える。それは徐々に美月の口から「夢」というキーワードと共に、少しずつ語られていく。

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日常系とはなにか ~死者の目・生を相対化するまなざし~

本稿は「第二十一回文学フリマ東京」2015/11/23で頒布しました同人誌『多重要塞 vol.4』に収録された文章「日常系とはなにか ~死者の目・生を相対化するまなざし~」を改稿したものです。

はじめに

 「日常系」とは、描かれているもの自体ではなく、描かれ方のことだ。
 つまり、カメラが映しているモチーフではなく、カメラ自身の振る舞いを指していうものだ。

 よって、日常系とは、次のような場所や時間を描写したものである。

  • 等価値であり、それゆえに特定に名指しすることができない、無名の場所や時間
  • カットされず、長回しであり、止めることも早めることもできない、記録映像や監視カメラのフィルムリールのような場所や時間
  • 凍結されており、見ている側の意図の及ばない場所や時間
  • カメラの主体さえ、それがあったことを忘れてしまったような場所や時間

 これを言い換えれば、日常系とは「死者の目で撮られた、メディアのあらわれや特徴」のことである。

定義論について、補足

 日常系について「AやBやCや…といった作品のことだ」と言ったとしても、やはり真実の一端を掴むことはできる。なぜなら、ジャンルや分類は、実際の作品が現れたあと、事後的に「発見」されるものだからだ。
 ジャンル定義論争自体に根本的な不毛さがあるとすれば、ジャンルは個々の作品に先んじないために、「ジャンルとは、そもそも事後的に我々が勝手に名付け、定義づけるものだ」という正当性を、相互に矛盾する、あらゆる人の論理に与えてしまうからであろう。

 これから僕が始めようとしている日常系に関する議論だけが、そういう不毛さから免れることはできないだろう。しかし、用例的な数え上げ方にも、やはり取り逃している部分があるのではないか、という思いから、僕はこの文章を書いた。

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田中あすかという感情の獣(『響け! ユーフォニアム』2期)

田中あすかとは何者だったのか

 「田中あすか」というキャラクターは、『響け! ユーフォニアム』TVシリーズ第2期を貫く太い「心棒」であった。結局のところ、田中あすか黄前久美子という、未曾有に強力な主人公の格さえ「食って」しまったという風情まであった。
 田中あすかが僕の心臓を掴んだのは、1期中盤、何もない部屋で楽譜をにらみつけている田中あすかのカットだ。あすかのメガネのレンズには整然とした音符が映り込み、光線のような視線だけが場を支配している。
 あの部屋は、ほとんどあすかの心象風景だ。
 なんなんだ、この女は。そう思った。

 もうひとつ、印象的なシーンがある。
 1期ラスト、予選会場のステージの上で、田中あすかの鏡のようなレンズの向こう側が、久美子にだけ、ひらりと覗かせるタイミングだ。あすかは力なさげに笑うと、どこか別の場所を見ているような、不思議な顔つきをするシーンだ。僕は当時「田中あすかは、自分の力では避けようがないものについては最初から諦めているので、ああいう力のない表情になるのではないか」と書いている。

 そして、あすかのストーリーは第2期への棚上げされる。その結末がどのようになったのかは、みんなも知っての通りだ。
 この記事は、田中あすかというキャラクターを通して本作の概観を述べていく。
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音響監督、鶴岡陽太の「音響演出」を分析する(京アニ・シャフト作品を題材に)

目次

  • 「音響監督」の具体的な仕事の内容
  • 「演出」もしくは「音響演出」とは
  • アフレコという作業の実際
  • 音響監督、鶴岡陽太さんとは
  • ダビングにおける音響演出の実際(『魔法少女まどか☆マギカ』より)
  • コンセプチュアルにBGMを「つけた」ケース(『魔法少女まどか☆マギカ』TVシリーズ第1話、第10話より)
  • 演出意図の考察1:重すぎるBGMを付けた理由とは?
  • 演出意図の考察2:サウンドトラックに伏線を張る
  • ダビングにおける音響演出の実際(『涼宮ハルヒの消失』クライマックスシーンより)
  • コンセプチュアルにBGMを「つけなかった」ケース(『涼宮ハルヒの消失』より)
  • 演出意図の考察3:ストーリー上の意味合いから演出を逆算する
  • 演出意図の考察4:結末を知らないと理解できないことを音響演出で語る
  • 演出意図の考察5:ストーリー上のコンセプトに劇伴を付けることが「無音」演出を選択させた
  • コンセプチュアルにBGMをつける/つけないこと
  • まとめ:「ダビング」による音響演出について
  • アフレコにおける、鶴岡さんの音響ディレクション
  • ナマモノとしてのアフレコ1:自分の責任において「OK」を出す勇気
  • ナマモノとしてのアフレコ2:「これと同じことは二度とできないと思った」アフレコ
  • ナマモノとしてのアフレコ3:アフレコという「場」
  • 気付かせるディレクション1:役者とのディスカッションにより、自ずからキャラクターの意図に気付かせる
  • 気付かせるディレクション2:敢えて抽象的な指示にとどめることで、役者も音響監督の想像を超えた場所を目指す
  • 録音物としてのアフレコ1:再現性のあるもの、絶対値で揺るぎのないもの
  • ナマモノとしてのアフレコ VS 工学的録音物としてのアフレコ
  • 最後に:音響監督の音響演出について考えることは可能か?
  • 関連記事

本稿は同人誌「多重要塞 vol.3」(当時の告知記事)に掲載した「アニメにおけるサウンド/ボイス演出と、ベストテイクを降ろす技術 ~ヒットメーカー鶴岡陽太のコンセプト志向~」を加筆・修正・改題したものです。

「音響監督」の具体的な仕事の内容

 アニメの音響監督は、「音響監督」と聞いて僕らが思い浮かべるよりも、作品に、深く、多方面から関わっていく。
 一般にテレビで流れているような映像はカメラで撮影すると同時に、マイクで音声も録音していることも多いが、アニメについては違う。もしビジュアルが完成したとしても、フィルムは無音の状態だ。だからアニメの中で鳴っている音は映像とは別個に、全くのゼロからつくらなければならない。そういう背景から、アニメ作品に対する音響監督のウェイトは非常に大きくなってくる。

 音響監督の仕事は大別して以下の3つだ。

  1. 音楽家への劇伴(BGM)の発注
  2. アフレコ(声優による演技のレコーディング)の責任者
  3. ダビング(映像にBGMと効果音を吹き込む)

 このように列挙しても、音響監督の仕事の全体像は見えてこないだろう。だからこの文章では、鶴岡陽太さんという音響監督の仕事を「音響演出」というキーワードを使って串刺しでピックアップしていく。それにより、音響監督という役職が、どのように作品全体の印象に関わり、またコントロールしているのかに、迫りたいと思う。

 なお、この文章に書かれている内容は、各メディアでの鶴岡陽太さんに関する言及のほか、2012年11月4日に一橋大学で開催された鶴岡陽太さんの講演会「アニメに命を吹き込むこと」(一橋祭運営委員会主宰)での講演内容に多くを負っている。ただし、その解釈および表現についての責任は、筆者である僕にあることを、最初に断っておく。

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アニメ演出上のサプライズの最高のサンプル (『アイカツスターズ!』15話)

目次

  • アイカツスターズ!』第14、15話は必見
  • 第15話のシーン1に至るあらまし
  • シーン1:真昼が自主レッスン中に気を失う
  • シーン1:なぜこれは映像上のトリックなのか
  • 第15話のシーン2に至るあらまし
  • シーン2:真昼を迎えにいく夜空
  • シーン2:長尺の感情芝居と音楽で雰囲気を高めてからのサプライズ
  • 最後に:「いつでも描き継ぐことができるもの」

アイカツスターズ!』第14、15話は必見

 4月から始まった『アイカツスターズ!』も2クール目に突入した。
 1クール目の第8話「小さな輝き」の作画の端麗さや、ED映像「episode Solo」の鮮烈さも素晴らしい。しかし、ベストはと訊かれれば、やはり7月に放映された第14話「真昼の決闘!」そして第15話「月と太陽」にトドメを刺すだろう。この2話は、作画・演出ともに熱量がギンギンにたぎっており、その圧倒的なパフォーマンスで『アイカツスターズ!』全体のイメージさえ塗り替えてしまった!

 この記事では、特に第15話の「映像演出上の小さなサプライズ」に注目して、この話数のアニメ演出の強さの一端に迫る。
 ※第8、14、15話は直接繋がっているので、この3話分だけでも観てほしいぞ。

第15話のシーン1に至るあらまし

 姉妹でライバル関係にある、香澄夜空・真昼姉妹の因縁と決着が、第14・15話の2話まるまるを使って描かれる。
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 世界的ファッションモデルとデザイン会社社長の間に生まれた夜空・真昼姉妹。ひと足早く業界入りし、今やアイドル界トップに君臨する夜空に対して、真昼は複雑な思いを抱いていた。もちろん、昔は仲の良い姉妹だったが、自分への相談なしに行われた、夜空のアイドル学校への入学を、真昼は裏切りと感じてしまう。真昼はその悔しさから、姉と同じ道を選び、なおかつ夜空とのあいだに深い距離を置いているのだ。

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赤いリボン・目玉焼き・渡り廊下 ~ 『魔法少女まどか☆マギカ』TV版の構造解析~(23000文字)

目次

  • はじめに(この文章のねらい)
  • 方法1:一見、意味のないシーンが存在する理由を考える
  • 方法2:作品は「反対意見」に応えなければならない
  • 魔法少女まどか☆マギカ』第1話 Aパートへの着目
  • ◆第1節◆
  • TVシリーズの3ブロック構成の確認
  • 物語とは主張をより強く伝えるために最適化された手段
  • ◆第2節◆
  • 第1話Aパートには全てがある
  • 主張A:赤いリボンの導き
  • ◆第3節◆
  • 反論B:目玉焼きのタブー
  • ◆第4節◆
  • 本作における「物語上のタブー」とは何だったか
  • 渡り廊下とは、意志が試される場所
  • ◆第5節◆
  • 再反論A’:再度の赤いリボンと「願いを否定し続ける」こと
  • 魔法少女にとって、まどかの救いとは何だったのか
  • ◆第6節◆
  • まどかとほむらの考え方のズレ
  • ほむらが戦い続けられることを強いられる1つの理由
  • おわりに(『叛逆の物語』についての示唆)

 以下は、2014年5月に身内の同人誌(重版予定なし)で発表した同名の記事を、ブログ用に加筆・修正したものです。(当時の告知記事

はじめに(この文章のねらい)

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 この文章は『魔法少女まどか☆マギカ』のTVシリーズ(全12話)のうち、特に第1話Aパートの描写にクロースアップすることで、作品全体の構造を解析します。
 ここでの「構造を解析する」とは、ストーリーをかたちづくるいくつかの大きな要素が、ストーリー全体に対してどのような役割を担い、かつどのような効果をあげているのかを、考えることです。
 さて、今回『まどマギ』の分析をするにあたって、とった方法論は2つあります。

方法1:一見、意味のないシーンが存在する理由を考える

 ひとつめは、「それが何度も登場した理由を考える」です。
 キャラクターにも、それまで生きてきた人生があります。朝起きて、服を着て、朝飯を食べたはずです。しかし、多くの作家はそれらを全て記述することはしない。

 であれば、もし「赤いリボン」をつけるシーンが、キャラクターの人生の中から特にピックアップされたということは、作り手には、そこをとりわけ描写すべき理由があったはずです。
 もし「目玉焼き」に関するシーンが何度も、同じように登場するとしたら、そのシーンは何か、特別な意味を持っているのではないか。
 「渡り廊下」はどこで、何回登場したか?

 それらのシーンをピックアップし、似通っている場所、もしくは似通っているようで実は違う場所を探すことで、作品全体が、それらのシーンをどのような構造のどのようなポジションに埋め込んでいるかが、自ずと明らかになっていくはずです。

方法2:作品は「反対意見」に応えなければならない

 作品には「テーマ」があると言います。しかし、それは「作者が最も主張したいこと」というよりは、「ストーリーの構造がかたちづくる一連の議論の流れ」をテーマと呼んだほうがしっくりきます。
 ここで重要なのは、説得力のある物語の中には、ある意見(テーゼ)に対する「反対意見」(アンチテーゼ)が登場するはずだということです。

 もし第1話で主人公が掲げた主張がそのまま難なく最後まで通ってしまったとして、それは本当に強い意見でしょうか。僕らが鑑賞中に抱く「あれ、でも○○の場合は、その主張を通すのは難しくなるぞ?」と
いう不埒な考えは、物語内で払拭される必要があります。
 主張を強めるのは、反対意見に対しての反論です。であれば、テーマと思われるものに対する反論、対となって現れるものは、その作品のテーマである可能性が高いのではないか。これが2つ目です。

魔法少女まどか☆マギカ』第1話 Aパートへの着目

 本作第1話のAパートには、上の方法1および方法2を確認するための、全ての材料が揃っています。Aパートに登場するものを、要素の属性ごとに分類し、関連するものと比較したとき、『魔法少女まどか☆マギカ』がテーマと思われるものが浮き上がってくるように思います。

 次の段落から、論旨の本文となります。

■以降のネタバレについて
 ここからあとの文章はTV版全話を視聴している前提で書いていますので、まだご覧になっていない方は、ぜひ最後まで視聴してから、読んでいただければと思います。なお、劇場版新編『叛逆の物語』については、最後の節で曖昧な示唆を提示するに留めています。

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