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吉川優子の、流すはずじゃなかった涙について ~『響け! ユーフォニアム』11話~

優子は何に泣いたのか

 TVシリーズアニメ『響け! ユーフォニアム』、これはとんでもない作品だということで、周囲のざわつきが止まらない。かくいう僕も、最新話である第11話を観たあと「北宇治まで五体投地したい」とツイッターに取り急ぎメモしたほどだ。

 今日は、放映から少し遅れてしまったが、第11話「おかえりオーディション」について書きたいと思う。再オーディションが終わって、デカリボンちゃん(吉川優子)は席に座ったまま泣き崩れる。しかし、優子は何に泣いたのだろう。
 中世古先輩がオーディションに落ちたことの悔しさからだろうか。それとも、最後まで中世古先輩の助けになることができなかった悲しさからだろうか。
 僕は、どちらでもないと思う。

中世古先輩のことがわからなくなっていく優子

 優子は、自分が中世古先輩が好きな理由を思い出すことができたから、泣いたのではないだろうか。

 少しだけ、順を追って考えていこう。
 第10話、「オーディションの結果には納得している」とウソをつく中世古先輩に優子は思わず、「あきらめないでください!」と叫ぶ。この言葉に、初めて中世古先輩は動揺したかのように見える。
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 それでも、中世古先輩は寂しい笑顔で「…ありがとう」とつぶやき、立ち去るのである。その表情を見て、優子は虚を突かれたような顔をする。
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 このとき優子は、ある冬の日のことを思い出しているが、映像に音は無い。ここで実際にどのような会話があったかが分かるのは、第11話のラストまで待たなければならないが、しかし、この時点で音が無いことにも、やはり意味があるように思える。つまり、この時点で優子は、あの冬の日の中世古先輩の声の響きを、自分が思い出せないことに、驚きと、困惑を感じていたのではないだろうか。
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 これ以降の優子の行動には、どこか迷いが見え隠れする。
 優子の行動にウソは無い。しかし、彼女は自分がどうしてこんなに必死になっているのか、自分でも理解できていないのではないだろうか。

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 その迷いを象徴的に表現しているのが、第11話冒頭のこのカットだろう。「もっと(中世古先輩のトランペットを)聴かせてください!」と言う優子の声には、妙な切迫感がある。そして目をフレームで切ることで、優子の本心が、言葉からは少しだけズレていることを表現しているように思う。
 あの雪の日と同じ教室で優子は、あの時のトランペットの輝きと、中世古先輩の笑顔と、声の響きを、思い出したいがために、中世古先輩に「もっと聴かせてください!」と迫る。しかし、優子はそれを思い出すことができないまま、シーンは終わる。

あの時の中世古先輩の姿をもう一度思い出す優子

 第11話ラストのことを話そう。
 再オーディションが終わったとき、部員は自分たちがしたことに羞恥し、困惑している。表面上、拍手での票が2対2で引き分けたため、滝先生は「中世古さん、あなたがソロを吹きますか?」と質問する。沈黙が落ちるが、滝先生の顔は、中世古先輩がどのような答えを出すのか、既に知っているようにも見える。
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 中世古先輩は「吹かないです」と答える。「吹けないです。ソロは、高坂さんが吹くべきだと思います」とはっきりした声で述べて、高坂さんを見て、微笑する。
 中世古先輩の姿を見て、優子はもう一度、あの冬の日の、ひそかな会話のビジョンを見る。「先輩は、トランペットが上手なんですね…!」「上手じゃなくて…好きなの」と、今度ははっきりと中世古先輩の声の響きが優子の中でリピートされる。中世古先輩は光の中で微笑んでおり、優子は、なぜ自分があんなにも中世古先輩の再オーディションにこだわっていたのかを理解する。
 優子は、あの冬の日に知った「わたしが好きな中世古先輩」の原風景を、もう一度思い出したかったのだ。そしてその原風景を守ってくれた中世古先輩に、優子は涙を流すのである。
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 優子は恐らく、再オーディションがどのような結果になるにせよ、自分は泣くだろうと思っていたはずだ。それが中世古先輩の落選による悔し涙なのか、それともソロ選抜による嬉し涙なのかは分からないが、自分は涙を流すだろうと、どこか冷静に考えていただろうと思う。しかし優子は、中世古先輩が答えた瞬間に、全く予想していなかった涙が流れることに気付く。予想していなかった涙だからこそ、止まらないのである。
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 このシーンでは、中世古先輩が質問に答える前、少しだけ身じろぎした瞬間、トランペットが光を受けて輝くのが美しい。中世古先輩が「私が好きなトランペット」に正直であろうとする第10話および第11話のラストで、トランペットは光を放つ。中世古先輩も優子によって、自分が「トランペットが好きである」ことを、やはり思い出すことができたのである。

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(第10話ラスト)
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(第11話ラスト)

最後に:「思い出す」ことについて

 誰かが言っていたのだけど、『響け!ユーフォニアム』はタイトルが上手いのだという。
 もし、高校の記憶の中から「音」を思い出すとしたら、それはトランペットみたいな花形楽器の音ではない。むしろ放課後になるとどこからかブーンと聴こえてくる低音楽器の音と、いろいろな感情がないまぜになった高校生の時間は、ゆるやかに結びついている。
 つまり、僕らが取り返しがつかないほど大人になって「あぁ、あの音ってユーフォニアムっていう楽器の音だったんだ」と思い出すときの感情の襞(ひだ)を描くんだという意図を、本作のタイトルからは感じるのだという。

 本作のシリーズ演出である山田尚子さんは『たまこラブストーリー』制作直後のインタビューで次のようなことを言った。「高校生はあらゆる瞬間が青春そのものだ。しかし彼ら自身はそれに気付いていない(それゆえに青春なのである)」と。
 手の届かなくなった、あの名前のない時間を思い出すときの感覚に、ユーフォニアムの低い音は、少しだけ似ていると思う。

 本日は以上です。