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武内Pの視界 ~『アイドルマスターシンデレラガールズ』第1話のキャラ描写~

 彼のような人を「イヌ系」とでも言うのだろうか。

 TVアニメ『アイドルマスターシンデレラガールズ』第1話の放映後、話題をさらったのは、武内駿輔さん演じる、役名「プロデューサー」、人呼んで「武内P」の異形のキャラ造型である。
 彼は200人弱がひしめく『シンデレラガールズ』の中で、第1話にして独自の地位を占めるに至った。なぜか。

 この第1話、見返してみれば、細かい仕掛けが山のようにつめ込まれている。
 恐らく、それが僕らに「武内P、もしかしてめちゃくちゃ良いヤツなのではないか」とさえ思わせてしまっているのではないか。
 この記事では、特に武内Pの人となりが伝わってくる描写に観点を絞り、各シーンの描写を追っていきたい。

※第1話はバンダイチャンネルから視聴できます。

「アイドルマスター シンデレラガールズ」 | バンダイチャンネル

武内Pの観察力と、「首元に手を当てる」クセについて

 346(ミシロ)芸能プロダクションアイドル部門、シンデレラプロジェクト担当、プロデューサー(以下、武内Pと記載)。
 身長はレッスン室の鴨居に達する2メーター弱、ごわごわした髪と三白眼、異様に彫りの深い顔立ち、年齢不詳。
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 めったに顔色を変えない武内Pだが、それは彼が冷たい人間であるということではない。
 彼の、どこを見ているのかわからない目には、色々なものが映り込んでおり、そこから他のキャラクターたちに対して、不器用ではあれ、すごく気を遣っていることが、映像から伝わってくる。

 武内Pの「クセ」として、「手を首筋に当てる」というものがある。たとえば、渋谷凛と一緒に交番に連れて来られ、誤解が解けて謝られているときの武内P。
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 そして公園で犬に吠え掛かられ、子供に「悪い人?」と言われてしまうときの武内P。
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 ばつが悪い、気まずい雰囲気になると、彼は手を首筋に当てて困ってみせるのだ。しかし、彼が一度だけこのクセを意識的にやめる瞬間がある。それは武内Pが島村卯月のレッスン室に、3度目に姿を現すシーンだ。

島村卯月は、真正面から近づいてくる

 武内Pの「手を首筋に当てる」クセについて話す前に、このシーンの前提となっている、島村卯月の状況から話そう。
 武内Pが、シンデレラプロジェクトの補充メンバー3人のうち、残りの2人を探すあいだ、島村はTokyoArtSchoolという養成所でレッスンをして待機している。
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 武内Pが島村のレッスン室に初めて姿を現したとき、島村は養成所のトレーナーと一緒に柔軟体操をしていた。直前のカットでは、養成所に通う生徒たちも大勢映っている。
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 しかし、武内Pが島村のレッスン室に2度目に姿を現したとき、島村は一人でレッスンを続けている。トレーナーはおらず、直前のカットでは、養成所に通う生徒たちはいない。それは恐らく、この日が土日だったからではないだろうか。
 3度目に武内Pがレッスン室を訪れたあと、武内Pは島村と一緒に渋谷凛のもとに向かう。渋谷は私服で犬の散歩に出かけるところだ。恐らくこの日も、2度目の来訪と同様、休日だったのだろう。
 つまりデビューが決まった島村は土日も自主レッスンを続けて、武内Pの期待に応えようとしているわけだ。武内Pは、島村の意気込みに応えることができない自分に、焦燥感をつのらせていく。

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 一方、島村も当初は武内Pの異様な威圧感に恐怖を隠せないでいるが、武内Pが足繁く島村のレッスン室に通って状況を把握しに来るのを見て、次第に武内Pへの距離を詰めていく。
<1度目>
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<2度目>
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<3度目>
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 島村も勿論、決して弁のたつわけではない武内Pに対して、全幅の信頼を寄せているわけではない。彼女も不安なのだ。それは、終盤のベンチでのセリフからも分かる。

いいんです! それでもプロデューサーさんは、私の長年の夢を叶えてくれる人かもしれないから!

 しかし島村はそういう不安を表に出すことはない。すぐに立ち直って、笑顔を見せる。夢を信じ続けることに関して、島村はすごく真っ直ぐだ。それは島村の強さでもあり、アイドルとしての適性なのかもしれない。

武内Pはなぜあのとき、首に手をやらなかったのか

 話を武内Pのことに戻そう。3度目に武内Pがレッスン室を訪れたとき、デビューに向けて休日もレッスンを一人続けている卯月に対して、「まだレッスンを続けてもらうしかない」としか言えないシーン。ここは、カットごとに追っていこう。
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1-1.武内Pはレッスン室の内側に少しだけ目をやる。
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1-2.武内Pは首元に手をやろうとするが、一度停止する
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1-3.武内Pが卯月に渡した346プロダクションのパンフレットが開かれたまま、置かれている。
 →1-1で武内Pが見ていたのはこれだ。つまりこのカットは武内Pの脳裏にパッとひらめいた映像なのだ
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1-4.首元にやりかけていた手を下ろし、卯月に向かい「申し訳、ありません」と謝罪する武内P
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1-5.突然謝られ、困惑する卯月

 繰り返しになるが、武内Pには「困ったときに首元に手をやる」というクセがある。それはもしかしたら、感情が表情に出にくい人なりの「私は困っています」というポーズであって、彼なりの処世術なのかもしれない。(何を考えているのか分からないと怒られたこともあるかもしれない。)
 しかしこのシーンでは、彼はそれを意識的にやめて、謝罪する。ここは重要だと思う。
 それは島村がいつも、レッスン室で346プロダクションのパンフレットを見ながら期待を育たせている島村に自分が応えられていないことに気付いたこと。そして、渋谷凛にアイドルを目指すことの魅力を伝えられない自分への不甲斐なさから出てきた行動だろう。

 つまり武内Pには、誰かが考えていることをさりげない部分から推し量ることのできる観察力がある。また自分への責に関して、年下に対しても率直に謝罪してしまう。なんというか、ねじれたものが無いのだ。
 そういう、他人のことをヘンに伺ったりせず、それでいてきちんと相手を考えに寄せていこうとする率直さ、好感の持てる不器用さみたいなものに、僕は武内Pの「イヌっぽさ」を見るのだ。

武内Pが渋谷凛に見たもの

 武内Pの観察力は、島村に対してだけではなく、渋谷凛に対しても同様に発揮される。こちらも前提条件から話していこう。
 渋谷凛をなんとか口説き落とそうと、武内Pは毎日渋谷凛の通学路に足を運び、せめて名刺だけでも受け取ってもらおうとする。
 ※これは舞台が渋谷であることもあり、まるで武内Pが忠犬ハチ公か何かのようにも見える描写だ。
 渋谷凛は、横断歩道を待っている間も声をかけてくる武内Pに、そして周囲から注目されている状況に、強い居心地の悪さを覚えている。
 これを伝える複数のカットが面白いので、流れを追って紹介しよう。
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2-1.同じ学校の生徒が怪訝な顔でこちらを伺っている(坂の上の方から下に向かって)
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2-2.動物に嫌われる武内Pに対してイヌが吠えついている(坂の下の方から上に向かって)
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2-3.渋谷凛の後方から、346プロダクションのパンフレットを渡そうとする武内Pの手(横断歩道の奥から手前に向かって)
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2-4.渋谷凛の迷惑そうな顔
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2-5.坂道の中腹の横断歩道で赤信号を待っている渋谷凛

 このカットでは、やにわ注目されてしまう渋谷凛の「居心地の悪さ」というものが強く表れたシーンになっている。
 「坂道の不安定感」「画面左からは奇異の視線」「画面右からはイヌの吠え声」「画面奥からは大男」「画面手前は赤信号」と、にっちもさっちも行かない、追い詰められた状況だ。
 赤信号が青に変わり、渋谷凛はツイと去っていく。その後ろ姿を見送る武内Pだが、彼もただ見送っているわけではない。このカットからは、次のように続く。
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3-1.置いていかれる武内Pの脇を、テニス部と思われる女子高生数人が楽しそうに話しながら、武内Pにも気づかず走り抜けていく
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3-2.一人で静かに歩き去っていく渋谷凛の後ろ姿が、テニス部の少女たちと対照的に映る

 このシーンが下敷きにあるからこそ、武内Pは思わず「今、あなたは楽しいですか?」と訊いてしまうのだ。実は同じようなシーンが直前にある。(別の日のシーンだろう。)

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4-1.目の前を素通りされる武内P
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4-2.武内Pはずっと前を見ているだけだが、そこをバイオリンを持った生徒たちが通りすぎていく

 つまり、武内Pは単に毎日渋谷凛を追いかけ回していただけではない。渋谷凛がどのような人間で、どうしたらアイドルに興味を持ってもらえるのか、武内Pは色々なことを見ていたし、渋谷凛が何を考えているのかを、推し量ろうとしていた。
 一方、渋谷凛はどうだったのだろうか。「今、あなたは楽しいですか?」と訊かれる会話の中で、映像は部活動に打ち込む女子高生の姿を映していく。そして、次の3カットが続く。

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5-1.体育館の開いたドアに区切られた空間に、部活動の様子を眺める渋谷凛の姿がある
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5-2.逆光の中で渋谷凛は、何か不思議そうなものを見ているような顔つきだ
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5-3.駅の前で、恐らく入学したての小学1年生であろう子供が、母親に服を直してもらっている。

 ここで5-3のようなカットを入れてくるということが、僕は本当に凄いと思う。5-3に登場する子供は入学式か何かに向かう途中かもしれない。彼はこれから何が起こるのか、自分は何をしに行くのかも、本当のところは知らないように見える。
 もし5-3のカットが無ければ、渋谷凛が部活動に入っていないのが、何かに熱中することへの厭世的な態度や、誰かと何かを共同ですることへの冷めた見方に由来するように見えてしまう可能性が、無いわけではない。
 しかし5-3のカットが挿入されることで、それは視聴者の中で「そうではないんじゃないか」となってくる。つまり、渋谷凛は、自分が何をすれば良いのかが分かっていないだけなのだ。自分がどこに向かえば良いのか、自分は何をしたいのかが、まるで入学したての子供のように、まっさらなだけなのだろう。

武内Pという特異なキャラクター

 最終的に、凛の背中を押したのは、島村卯月だった。しかし、武内Pが「今、あなたは楽しいですか?」と話しかけていなければ、凛は自分の抱えている焦燥感・無力感のようなものが、何に由来しているのかを考えることはなかったろう。武内Pには、別に渋谷凛に対して「痛いところを突いてやろう」という狙いがあったわけではない。しかし武内Pの、まっすぐ入ってくる、妙に威圧感があるが邪気の無い、不思議な振る舞いがなければ、この物語は1話にして頓挫していた可能性さえある。
 ※武内Pが思わず「今、あなたは楽しいですか?」と言ってしまうタイミング作り(立とうとしてテーブルが揺れ、両者がお見合いになってしまう)の妙も、非常にリアルに仕上げてあると思う。

 僕は武内Pを「イヌっぽい」と表現し、その特異なキャラクター造型について、第1話の各シーンでの武内Pの行動を追うことで、彼がどのような人なのかを考えてきた。彼は感情が表情に出にくい(しかし彼が目を見開くとき、彼は絶対に何かを考えている)し、僕らに対して雄弁に何かを語ることは、恐らくこれからも無いだろう。しかし、彼の行動が、シンデレラガールズというお話の中で、非常にキーになる働きをしていくだろうことは、充分に伝わってくる第1話だったと思う。

 次のセクションでは、まとめに入る前に、作中で特に気付いたところをちょっとずつメモしておく。

爪のハイライトが特徴的

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↑島村卯月の爪
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↑渋谷凛の爪
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↑武内Pの爪

 アニメは作品ごとに、設定資料が作られ、その中で爪の描き方についても統一したルールが決められる。島村・渋谷の爪にはハイライトが乗っており、もしかしたらジェルを塗っているのかもしれないが、きちんと手入れをした爪という細かい描写だ。
 一方武内Pの爪にハイライトは無い。つまりキャラごとに爪を描き分けているのだ。
 他作品だと『ご注文はうさぎですか?』では、爪は別色で塗っている(下記参照)。本作では爪は同じ色とし、キャラによってハイライトを乗せる。

2014-06-12 - Parad_ism

作画・芝居で特に良かったところ

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↑トレーナーさんが「事務はあちらですけど…」と指差すところ。この部屋のつくりだと、確かにドアの外を指すときはこういう動作になりそう、という意味でリアル。
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↑張り切る卯月の後ろで、怪訝そうに卯月を見る通行人。もし卯月が気付いていたら、恥ずかしがりそうだ。
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↑制服のシャツの上にエプロンを着て、実家の花屋の手伝いをする渋谷凛。ここの制服は襟と袖口が大きいタイプ。袖口をまくり上げたときのシワの入り方が超クールである。
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↑この手の描き方、めちゃくちゃ上手い。
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↑終盤の数カットは、一人のアニメーターさんが担当していると思われる。ローファーのシワの入り方、デザインされた髪の解釈、犬の動きなど、素晴らしい仕事。

アネモネの花

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 凛の部屋には、勉強机とベッド以外に、趣味のものが置いていない。彼女はまだ、夢中になれるものが見つかっていないのだ。
 渋谷凛は部屋にアネモネの花を飾っている。それは花屋で余ったものを少しだけ摘んで飾っているのかもしれない。
 しかし奇しくもそれは、渋谷凛が島村卯月に選んだ「希望・期待」を表す花である。あのとき卯月は、自分のための花を買い求めた。もしかしたら凛も、知らず自分のための花を選んでいたのかもしれないと考えると、なんか素晴らしいと思うのだ。

渋谷凛は手を見せない

 渋谷凛の特徴として、警戒しているとき、他人に手を見せないという部分が印象的だ。警察に詰問されているとき、武内Pに勧誘されているときなどは、基本的に手をポケットに突っ込んだままだ。一方、交番を出て武内Pに詫びるとき、島村と話すとき、武内Pの名刺を取り上げるときなどは、手を見せる。
 つまり彼女にとって、手とは他人への猜疑心から身を守るために隠しておくものであり、同時に彼女自身のやり場のない無力さと直面しないために、隠しておくべきものであったのだと思う。
 そしてラスト、アイドルへの道を決意するとき、渋谷凛は服の胸のあたりをきっちりと右手で掴んでみせる。それは誰に見られているわけでもない。自分自身のために、何かを掴まずにはいられなかったのではないかと思う。
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本作の作風と、高雄統子監督について

 最後に、この話数を担当した監督、高雄統子さんが少し前に描いた絵コンテ(『けいおん!!』第22話)を引用しよう。

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 3コマあるうち、下の2コマは1カット分である。普通、絵コンテはキャラクターの動作「○○する」とセリフが書かれるものだ。しかし高雄さんの絵コンテには、それに加えてキャラクターの考えていること、芝居の詳細、まばたきのタイミングや回数まで指示が入っている。また、背景の陰影に関しても右側に影を落とすために鉛筆で領域を塗りつぶし、たとえば『シンデレラガールズ』第1話のように、光と影がどのようにキャラクターの心情と関係し合うかについても、既に演出プランが決め込まれている。
 つまり、作画、背景、キャラクターの芝居といった部分でも、ストーリーを語ってしまうわけだ。

 『アイドルマスターシンデレラガールズ』は、まだ第1話が始まったばかりであるが、第1話で示されたように、セリフだけではなく、何気ない芝居や、画面の雰囲気・レイアウトによって、キャラクターの心の動きを、細やかに描写していく作風は、一貫していくことと思われる。
 僕は、武内Pにはじまり、島村卯月、渋谷凛といったキャラクターに対して、キャラクター本位というか、どういう人なのか知りたいと思わせる、本作のこういう部分について、すごく感動したし、またこれ以降の展開に大いに注目したいと思っています。

 本日は以上です。

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